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濤沸湖がわかる10のキーワード~03 古代の人々

アイヌ民族とオホーツク人

濤沸湖に近い遺跡が語る歴史
昭和42(1967)年、濤沸湖に近い小清水町浜小清水でアオシマナイ遺跡が発見されました。この遺跡は、濠(ほり)が2連に連なる典型的なアイヌの砦(とりで)で、周辺には広範囲に貝塚が分布した大規模なものです。
平成8(1996)年~12(2000)年の発掘調査で、貝塚の上下の層の火山灰から、近世アイヌ文化の遺跡であると判明しました。この遺跡の下層から、縄文時代初頭の土器や、長い部分で9mを超す大型の竪穴式住居跡なども見つかり、近世アイヌ文化以前にはこの地域に縄文人が暮らしていた事がわかりました。

モヨロ貝塚(網走市北2条東2丁目)
モヨロ貝塚(網走市北2条東2丁目)

北海道の古代文化の編年表

濤沸湖周辺の主な遺跡

●イナウウシ遺跡(網走市北浜)
●浜藻琴神社遺跡(網走市字北浜218,226-1)
●浦士別遺跡(網走市浦士別)
●アオシマナイ遺跡
  (小清水町字浜小清水270,271,272)

 

オホーツクのミステリー「オホーツク人」

5~10世紀にかけてモヨロ貝塚には、アイヌ民族とは異なる「オホーツク人」が暮らしていました。オホーツク人は、魚や海獣を生活の糧にしていた海洋民族で、住居や墓など独自の文化を持っていました。しかし、なぜかある時期から消えてしまったのです。その行動や生活スタイルはいまだベールに包まれています。